古知野神社(こちのじんじゃ)【愛知】

古知野神社(こちのじんじゃ)

創建/伝・1489年
社格等/旧村社
本殿の様式/銅葺神明造
主祭神/天照大御神、日本武尊


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【祭神】
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
太陽を神格化した神であり、皇室の祖神(皇祖神)の一柱とされる。
史学的に女神であるというのが主流である。
『古事記』においては、伊邪那岐命(いざなぎ)伊邪那美命(いざなみ)の居る黄泉の国から生還し、黄泉の穢れを洗い流した際に、左目を洗ったときに化生したとしている。
このとき右目から生まれた月読命(つくよみ)、鼻から生まれた須佐之男命(すさのお)と共に、三貴子と呼ばれる。
このときイザナギ天照大御神(あまてらすおおみかみ)に高天原を治めるように指示した。


日本武尊(やまとたけるのみこと)
記紀に登場する皇子。
第12代景行天皇(けいこうてんのう)の皇子・第14代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の父とされる。
古事記では武勇に秀でていたが気性が激しく,兄を殺害してしまったため父からは疎(うと)んじられていた。
兄の大碓皇子(おおうすのみこ)に代わって、一連の出征を行ない、休む間もなく出雲、熊襲、蝦夷と討伐を命じられ、最後は褒野で命を落とす。
享年三十。


【由来】
延徳元年(1489)に天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祭神とする大明神社として創建される。


【歴史】
大正2年に日本武尊(やまとたけるのみこと)を祭神とする「熱田社」が合併し古地野神社と改称される。
大正8年、現在の社殿が造宮される。
渡殿、祭文殿、排殿は昭和年代になって増改築された。


【特徴】
江南市の中央、東野街道沿いに位置する。
境内は千五百坪。
石を抱き上げて重いか軽いかによってその日の運勢などを占う重軽石がある。


【境内社】
・古知野伏見稲荷神社(こちのふしみいなりじんじゃ)
伏見稲荷大神(ふしみいなりだいじん)
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)のことと思われる。
『古事記』では、スサノオの系譜において登場し、スサノオカムオオイチヒメとの間に生まれ、大年神(おおとし)は兄としている。
穀物の神。
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・市神社(いちがみしゃ)
大国主命(おおくにぬしのみこと)
『日本書紀』本文によるとスサノオの息子。また『古事記』によると、スサノオの六世の孫とされている。
スクナビコナと協力して天下を経営し、禁厭(まじない)、医薬などの道を教え、葦原中国の国作りを完成させる。
国土を天孫ニニギに譲って杵築(きづき)の地に隠退、後に出雲大社の祭神となる。

天日鷲命(あめのひわしのみこと)
天照大神が天岩戸に入られたとき、岩戸の前で神々の踊りが始まり、この神が弦楽器を奏でた。
一般にお酉様として知られ、豊漁、商工業繁栄、開運、開拓、殖産の守護神として信仰されている。

市寸島姫命(いちきしまひめのみこと)
アマテラススサノオが天真名井で行った誓約(うけい)の際に、スサノオの剣から生まれた五男三女神の一柱。



レポ:
大きくはありませんが、手入れの行き届いた明るい雰囲気の神社です。
境内の付属施設として江南会館があることもあり、地域の人々にとっては身近な神社であることが伺えます。
昭和に増改築されたという渡殿等も趣きがあって心が和みます。



愛知県江南市古知野町宮裏201
0587-55-8856
駐車場あり
出典:Wikipedia

この記事へのコメント

カラフル
2011年12月15日 19:52
一番大事にしている物

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