荒子観音寺(あらこかんのんじ)【愛知】

荒子観音寺(あらこかんのんじ)

正式名/浄海山 圓龍院 観音寺
創建年/伝・天平元年(729年)
山号 /浄海山
宗派 /天台宗
本尊 /聖観音


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【本尊】
聖観音(しょうかんのん)
仏教における信仰対象である菩薩の一尊。
「正観音」ともいい、六観音の一つでもある。
観音菩薩像には、さまざまな形態のものがあるが、このうち、多面多臂などの超人間的な姿ではない、1面2臂の像を指して聖観音と称している。
大慈の観音として、六観音の役割では地獄道を化益するという。
もともとは正法妙如来(しょうほうみょうにょらい)という仏であったが、衆生の救済のため人間界に近い菩薩の身となった。

荒子観音の聖観音は泰澄(たいちょう)による一刀三礼の作といわれている。
開帳は三十三年に一度。


【由来】
寺伝によれば、天平元年(729年)、泰澄(たいちょう)の草創と言い、天平13年(741年)、泰澄の弟子の僧・自性が堂宇を整えたと言う。
泰澄は加賀(石川県)の白山の開祖とされる伝説的人物であり、以上の草創伝承がどこまで史実を伝えるものかは定かでない。


【歴史】
創建当初は現在地より約1km北の高畑に位置し、七堂伽藍(ひちどうがらん・※)と十二坊の塔頭を有していたが、戦乱や庄内川・荒子川の水害等の憂き目に遭い、その景観は大きく変貌した。
永禄年間(1558~1570年)に中興開山の祖・全運上人が再建。
その後、前田利家も修築に手を貸したことから、利家の菩提寺にもなった。
延宝・貞享時代(1680年前後)には、修験・遊行僧の円空(えんくう)が幾度となくこの寺を訪れ、全長3mを超す二体の仁王像や数多の木彫仏像を作った。
今日の本堂は平成6年焼失後、9年に新築再建されたものである。

※金堂、塔、講堂、鐘楼、経蔵、僧坊、食堂の七つがあるのが伽藍、としており、これを七堂伽藍と呼ぶ


【特徴】
尾張四観音のひとつに数えられる。
前田利家ゆかりの寺として知られ、前田利家の生誕地は、荒子観音より南西200mの天満天神宮境内に生誕の碑がある。
延宝・貞享年間、円空が当寺を数回訪れ、山門の仁王像や1,200体を超える木彫仏像(円空仏)を残した。
日本全国で現存が確認されている円空仏のうち、実に4分の1以上が当寺にあることになる。
円空仏は毎月第2土曜日の午後1時から4時まで公開されている。


【諸堂他】
・多宝塔
名古屋市最古の木造建築物。国の重要文化財にも指定されている。

・仁王門
阿形(あぎょう)・吽形(うんぎょう)
仏教の護法善神である天部(てんぶ)の一つ。寺院内に仏敵が入り込むことを防ぐ。

・護摩堂
不動明王(ふどうみょうおう)
明王の一尊。密教の根本尊である大日如来(だいにちにょらい)の化身、あるいはその内証(内心の決意)を表現したものであると見なされている。
秋葉大権現(あきはだいごんげん)
秋葉山の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神。

・六角堂


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レポ:
本堂が建て直されたばかりの新しく綺麗なお寺です。
本堂まではバリアフリーになっており車椅子のかたにも安心な設計になっています。
平日の昼間に訪れましたが年配のかたが大勢来ていらっしゃいました。
重要文化財の多宝塔をはじめ、仁王門や六角堂は古い木の風合いが渋く大変趣があります。
すぐ隣に荒子神明社、裏に弁才天を祀った神社、駐車場の反対側にはいくつかのお地蔵様、道を挟んだ向かいには幸福の科学があり、ちょっと不思議な立地になっています。



愛知県名古屋市中川区荒子町字宮窓138
052-361-1778

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