飛騨国分寺(ひだこくぶんじ)【岐阜】

飛騨国分寺(ひだこくぶんじ)

正式名/醫王山飛騨国分寺
創建/746年(天平18年)頃
山号/醫王山
宗派/高野山真言宗
本尊/薬師如来坐像


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【本尊】
薬師如来(やくしにょらい)
大乗仏教における如来の一尊。
薬師本願功徳経では、薬師如来は東方浄瑠璃世界の教主で、菩薩の時に12の大願を発し、この世門における衆生の疾病を治癒して寿命を延べ、災禍を消去し、衣食などを満足せしめ、かつ仏行を行じては無上菩提の妙果を証らしめんと誓い仏と成ったと説かれる。
瑠璃光を以て衆生の病苦を救うとされている。
無明の病を直す法薬を与える医薬の仏として、如来には珍しく現世利益信仰を集める。
像容は、立像・坐像ともにあり、印相(いんそう・※)は右手を施無畏(せむい)印、左手を与願印とし、左手に薬壺(やっこ)を持つのが通例である。
国分寺のほとんどは現在は薬師如来を本尊としている。

※…ヒンドゥー教及び仏教の用語で、両手で示すジェスチャーによって、ある意味を象徴的に表現するもの


【由来】
741年(天平13年)、聖武天皇(しょうむてんのう)により国分寺建立の詔(みことのり)が発せられ、757年(天平勝宝9年)頃、行基(ぎょうき)によって建立されたという。


【歴史】
819年(弘仁10年)、火災で焼失。
855年(斉衡2年)ころ、再建される。
室町時代に本堂が再建されるが、詳しい時期は不明である。
七重塔(現三重塔)に再建記録とほぼ同じと推測すると、応永年間に焼失後再建され、1585年(天正13年)、金森長近が姉小路頼綱の松倉城を攻めたさいの兵火で焼失する。
この後、再建と考えられる。
1615年(元和元年)に三重塔が再建されるが、1791年(寛政3年)に暴風雨で倒壊。
1695年(元禄8年)、飛騨国が天領となり、高山城が取り壊され、一部は飛騨国分寺に移築され、鐘楼門などに利用される。
1820年(文政3年)三重塔再建(現在の塔)。


【特徴】
推定樹齢1200年、幹周10メートル、高さ37メートルの大イチョウがある。古来「乳イチョウ」と呼ぶ。
庚申堂の横には2007年に「願掛けなでさるぼぼ」(石像)が設置され、古くなったサルボボ人形用の棚が設けられてあり、さるぼぼ人形の供養が行われる。
三重塔が存在するのはは飛騨地方では当山のみである。
国の重要文化財として木造薬師如来坐像・木造聖観音菩薩立像・本堂・小烏丸の太刀、岐阜県重要文化財として木造阿弥陀如来坐像・木造不動明王立像・三重塔がある。


【諸堂】
・山門
・本堂
・大師堂
・庫裏
・鐘楼堂(鐘門形式)
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・三重塔
1820年(文政3年)再建。高さ22メートル余。
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・不動堂
・庚申堂



■レポ
高山駅から徒歩5分の場所にあることもあり人気の多い寺院です。
人通りの多い道に面しているのもあり明るく入りやすい雰囲気で爽やかな気分になれます。
11月初めに参拝しましたが有名な大イチョウはまだほとんど青い状態でした。
とはいえその大きさにはとにかく圧倒されました。
大量の葉が重なる姿がとても美しく1本の木から自然の力を感じました。
観光地や宿泊施設が近くにあるので訪れやすいお寺で、大イチョウや三重塔に目がいきやすいですがせっかくなので本堂にもゆっくり参拝してみてはいかがでしょうか。



岐阜県高山市総和町1-83
0577-32-1395
駐車場無料(10台)
出典:高野山真言宗醫王山飛騨国分寺のオフィシャルサイト、Wikipedia「飛騨国分寺」(履歴

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