松本神社(まつもとじんじゃ)【長野】

松本神社(まつもとじんじゃ)

創建/寛永13年(1636年)
主祭神/松平康長、松平永兼、一色義遠、戸田宗光、松姫、島立貞永
ご利益/縁結び、郷土発展


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【祭神】
松平康長(まつだいらやすなが)
徳川氏の家臣。
戸田宗家16代当主。
松平氏の姓を賜り、戸田松平家の祖となる。
松本神社の祭神の一柱として祭られ、明治には華族組合農場を経営した子孫の戸田康泰(とだやすひろ)によって建立された北海道雨竜神社(うりゅうじんじゃ)に祭神として祀られている。

松平永兼(まつだいらながかね)
戸田松平家信濃国松本藩の嫡子。
戸田氏嫡流である松平康長(まつだいらやすなが)の長男。
病により康長(やすなが)の跡をつげず40歳で没する。
信州松本神社で祭神の一柱の暘谷(ようこく)神として祀られている。

一色義遠(いっしきよしとお)
戸田氏以前の三河国田原領主。

戸田宗光(とだむねみつ)
応仁の乱では西軍として活動する一方で三河・尾張に勢力を拡大、戸田氏中興の祖とされる。

松姫(まつひめ)
久松俊勝(ひさまつとしかつ)の娘。
徳川家康(とくがわいえやす)の異父妹で生母は於大の方(おだいのかた)
松平康長(まつだいらやすなが)に嫁ぎ永兼(ながかね)を生む。
1588年に24歳の若さで亡くなる。
信州松本神社の祭神の一柱である。

島立貞永(しまだてさだなが)
松本城の前身深志城の築城者。


【由来】
前身は、縁結びおよび郷土発展の神として信仰を集めた暘谷(ようこく)大神社である。
寛永13年(1636年)に丹波守光重(みつしげ)が明石城内に叔父である松平永兼の御霊を祀り暘谷大神社として勧請したのが始まりと伝えられる。


【歴史】
享保11年(1726年)、松本に遷る。
寛政9年(1797年)、今宮八幡宮(戸田宗光)、片宮八幡宮(一色義遠)を勧請して合祀。
天保2年(1831年)、共武大神社(松平康長)、淑慎大神社(松姫)と合祀し五社(ごしゃ)となる。
昭和28年(1953年)、若宮八幡宮(島立貞永)との合祀を期に、名称を松本神社と改めた。


【特徴】
松本城のすぐ北側に鎮座する。
御神木の大欅(おおけやき)は境内の外、道路の中央分離帯上にある。
地元では未だに五社(ごしゃ)と呼ばれることが多い。



■レポ
松本城に行った際に目に留まり参拝してきました。
大きな神社ではありませんが、松本城とは深い関わりがある神社のようなので松本城に行かれたかたには是非参拝してもらいたいです。
ご神木をよく見てこなかったのが心残り…
松本で食べた名物の山賊焼きがとてもおいしかったです!



長野県松本市丸の内10-37
0263-32-8514
駐車場なし(近隣に有料駐車場あり)
出典:Wikipedia「松本神社」履歴

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