御首神社(みくびじんじゃ)【岐阜】

御首神社(みくびじんじゃ)

創建/不明
社格等/村社
主祭神/平将門公の御神霊
ご利益/首上の病気平癒、健康、学業成就など


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【祭神】
平将門(たいらのまさかど)
平氏の姓を授けられた高望王(たかもちおう)の三男平良将(たいらのよしまさ)の子。
桓武天皇(かんむてんのう)5世。
下総国、常陸国に広がった平氏一族の抗争から、やがては関東諸国を巻き込む争いへと進み、その際に国衙(こくが・※1を襲撃して印鑰(いんやく・※2を奪い、京都の朝廷に対抗して独自に天皇に即位して「新皇(しんのう・※3」を自称したことによって、遂には朝敵となる。
しかし即位後わずか2か月たらずで藤原秀郷(ふじわらのひでさと)平貞盛(たいらのさだもり)らにより討伐された(承平天慶の乱)。
死後は御首神社、築土神社、神田明神、国王神社などに祀られる。

※1…日本の律令制において国司が地方政治を遂行した役所が置かれていた区画。
※2…公文書の正規であることを証明する印。
※3…天慶2年(939年)12月に平将門が「新しい天皇」の意で自称した称号。



【由来】
伝承によれば、今から約千年前桓武天皇(かんむてんのう)第六代皇胤(こういん・※4平将門(たいらのまさかど)は、時の朝廷の政策に憤りを覚え乱(承平天慶の乱)を起こした。
しかし藤原秀郷(ふじわらのひでさと)・平貞盛(たいらのさだもり)等に鎮められ、平将門は捕えられ首を討たれた。その首は京都に送られさらし首となったが、故郷恋しさのあまり獄門を抜け出し関東へ戻ろうと飛び立った。

この異変を知り、美濃の国南宮大社(なんぐうたいしゃ)では、平将門の首が関東に戻ることにより再び乱の起こることを恐れ祈願したところ、神社に座す隼人神が矢をつがへ東に飛びゆく平将門の首を射落とした(その時、隼人神の射た神矢が飛んでいった道筋を矢の通った道であるとして、現在の大垣市矢道町がある)。

この首が落ちた荒尾の地に平将門を神として崇め祀ることによって再びその首が、関東に戻らぬようその怒りを鎮め霊を慰めるために創建されたと言われる(ただし創建年は不明)。

※4…天皇の子孫。


【特徴】
平将門公の首を崇め祀るために創建された神社。
古来より首から上の病気平癒に御利益があるとされ、近年においては学業成就・合格祈願などにも御利益があるといわれている。
スカーフや帽子など首から上の装飾品を奉納して祈願する参拝者もいる。


【摂末社】
・南宮神社
金山彦命(かなやまひこのみこと)

・西宮神社
蛭子命(えびすのみこと)

・鍬山神社
豊受大神(とようけのおおかみ)

・神明神社
天照大神(あまてらすおおみかみ)

・末廣稲荷神社
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)



■レポ
変わった名前なので前から行ってみたいと思っていたのですが、大垣に観光に行ったときに参拝してきました。
祟り神として祀られているのでしょうが、暗い雰囲気や入り辛さはありませんでした。
ただ夕方に訪れたせいか少し寂しげな印象を受けました。
一面に大きく「首」と書かれた絵馬が印象的。
願い事は大半が合格祈願のようでした。
真横が通学路になっており地元の学生さんたちにはおなじみのようですね。
駐車場がかなり広いので駐車場の心配はしなくてよさそうです。
ちなみに大垣駅前で売っている珈琲味の水まんじゅうはかなりオススメです!



岐阜県大垣市荒尾町1283-1
0584-91-3700
駐車場100台無料
出典:御首神社公式ページWikipedia「御首神社」履歴

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