七所社(しちしょしゃ)【愛知】

七所社(しちしょしゃ)

創建/元慶8年(884年)ごろ
社格等/旧郷社
主祭神/日本武尊(やまとたけるのみこと)


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【祭神】
日本武尊(やまとたけるのみこと)
記紀に登場する皇子。
第12代景行天皇(けいこうてんのう)の皇子・第14代仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の父とされる。
古事記では武勇に秀でていたが気性が激しく,兄を殺害してしまったため父からは疎(うと)んじられていた。
兄の大碓皇子(おおうすのみこ)に代わって、一連の出征を行ない、休む間もなく出雲、熊襲、蝦夷と討伐を命じられ、最後は褒野で命を落とす。
享年三十。

天照大神(あまてらすおおみかみ)
太陽を神格化した神であり、皇室の祖神(皇祖神)の一柱とされる。
史学的に女神であるというのが主流である。
『古事記』においては、伊邪那岐命(いざなぎ)伊邪那美命(いざなみ)の居る黄泉の国から生還し、黄泉の穢れを洗い流した際に、左目を洗ったときに化生したとしている。
このとき右目から生まれた月読命(つくよみ)、鼻から生まれた須佐之男命(すさのお)と共に、三貴子と呼ばれる。
このときイザナギ天照大御神(あまてらすおおみかみ)に高天原を治めるように指示した。

倉稲魂命(うがのみたまのみこと)
『古事記』では、スサノオの系譜において登場し、スサノオ神大市比売(かむおおいちひめ)との間に生まれ、大年神(おおとし)は兄としている。
『日本書紀』ではイザナギイザナミが飢えて気力がないときに産まれたとしている。
穀物の神。
京都・伏見稲荷大社の主祭神になっていて、稲荷神(お稲荷さん)として広く信仰されている。

天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)
『古事記』では、アマテラススサノオとの誓約の際、スサノオアマテラスの勾玉を譲り受けて生まれた五皇子の長男で、物実の持ち主であるアマテラスの子としている。
高木神(たかぎのかみ)の娘である万幡豊秋津師比売命(よろづはたとよあきつしひめ)との間に天火明命(あめのほあかり)瓊々杵尊(ににぎ)をもうけた。
葦原中国平定の際、天降って中つ国を治めるようアマテラスから命令されるが、下界は物騒だとして途中で引き返してしまう。
建御雷神(たけみかづち)らによって大国主(おおくにぬし)から国譲りがされ、再びオシホミミに降臨の命が下るが、オシホミミはその間に生まれた息子の瓊々杵尊(ににぎ)に行かせるようにと進言し、瓊々杵尊(ににぎ)が天下ることとなった。

高倉下命(たかくらじのみこと)
日本神話に登場する人物。
夢で見た神託により、神武天皇(じんむてんのう)に霊剣布都御魂(ふつのみたま)をもたらした。

宮簀姫命(みやすひめのみこと)
尾張国造の乎止与命(おとよ)の娘。
日本武尊(やまとたける)の東征の帰路、尾張滞在の際に娶られる。
日本武尊(やまとたける)が能褒野で亡くなると、日本武尊(やまとたける)より預けられた天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ・※)を奉斎鎮守するため熱田神宮を建立した。

※草薙の剣、三種の神器の一


【由来】
尾張地名考に「岩塚村に延喜式の愛智郡御田神社、本国帳の従三位御田天神と あるは七社明神を言うなり」とあり、神社に祀られている神鏡に元慶8年(884) の銘があるところから御田神社はこのころの創建と考えられる。


【歴史】
応永32年(1425)、祖岩塚城主吉田守重(よしだもりしげ)が国家の太平を祈り、こ の神域にあった熱田神宮、八剱宮、大幸田神社、日割御子 神社、高座結御子神社、氷上姉子神社、上知我麻神社の七社を勧請し祀った。
享保19年(1734)、村内に別に社地を有し鎮座していた白山社、熊野社、石神社、若宮社、天神社、神明社を当社境内に遷座。


【特徴】
現在七所社の祭礼として旧暦の1月17日に行われている尾張三大奇祭きねこさ祭りは御田祭りとも言われ、もとは御田神社の祭礼であったものが七所社に受け継がれ続けられているものである。
境内には奈良時代初期の築造と推定される3基の古墳が存在し、地名の「岩塚」はここから由来するとされる。
神木のナギの木は樹齢千年近く、戦国時代木下藤吉郎(後の太閤秀吉)は、このナギの木の中から生えて いた竹をいただいて刀の目釘に使って武運に恵まれたと伝えられる。
本社の東に日本武尊が東夷征伐の際、伊吹へ向かう途中、渡船 を待つ間しばらく腰掛けたと言われる日本武尊腰掛岩がある。


【摂末社】
・御田神社(みたじんじゃ)
豊宇気大神(とようけのおおかみ)(?)
食物・穀物を司る女神。
『古事記』では伊弉冉尊(いざなみ)の尿から生まれた稚産霊(わくむすび)の子とし、天孫降臨の後、外宮の度相(わたらい)に鎮座したと記されている。
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・巌島神社(いちきしまじんじゃ)
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
アマテラスとスサノオが天真名井で行った誓約(うけい)の際に、スサノオの剣から生まれた五男三女神の一柱。
後に仏教の弁才天と習合し、本地垂迹において同神とされた。
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・上知我麻神社(かみちかまじんじゃ)
乎止與命(おとよのみこと)
宮簀姫命(みやすひめ)の父。

・石神社

・熊野社

・白山社
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・若宮社

・天神社

・神明社
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【その他】
・日本武尊腰掛岩
日本武尊が東夷征伐の際、伊吹へ向かう途中、渡船 を待つ間しばらく腰掛けたと言われる。
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・古塚
直径10~20m程の大小3つの円墳が境内に残されている。 古墳時代におけるこの地方の豪族の墓と伝えられている。
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■レポ
庄内川の堤防と名古屋高速の影にひっそりと鎮座する神社。
普段は参拝客も少ないようでとても静かでした。
正面に見えるのは祭文殿。コンクリート製なのはめずらしいですね。
境内には古墳や日本武尊腰掛岩があり歴史を感じます。
敷地も広く巌島神社が島のようになっていたりなかなかおもしろい造りです。
きねこさ祭りはかなり盛大なお祭りのようなので一度行ってみたいです。



名古屋市中村区岩塚町字上小路7
052-412-3671
駐車場あり
出典:七所社ホームページ

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