若宮八幡社(わかみやはちまんしゃ)【愛知】

若宮八幡社(わかみやはちまんしゃ)

創建/伝・701~704年
社格等/旧県社・別表神社
本殿の様式/流造
主祭神/仁徳天皇、応神天皇、武内宿禰命
ご利益/恋愛成就、武勇長久、出世開運、勝利祈願


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【祭神】
仁徳天皇(にんとくてんのう)
第16代天皇。
応神天皇の第4皇子。
古事記の干支崩年に従えば、応神天皇の崩御が西暦394年、仁徳天皇の崩御が西暦427年となり、その間が在位期間となる。

応神天皇(おうじんてんのう)
第15代の天皇。
実在性が濃厚な最古の大王(天皇)とも言われる。
現在の神道では、八幡神(やはたのかみ)と同一視される。
北九州の豪族国造宇佐氏の氏神だったが、数々の奇端を現して大和朝廷の守護神とされた。
清和源氏(せいわげんじ)をはじめ全国の武士から武運の神(武神)「弓矢八幡」として崇敬を集めた。
託宣(しんたく・)をよくする神としても知られる。

※神懸かりになったシャーマンの口から発せられる言葉。


武内宿禰命(たけうちのすくねのみこと)
『古事記』『日本書紀』で大和朝廷初期(景行・成務・仲哀・応神・仁徳天皇の5代の天皇の時期)に棟梁之臣・大臣として仕え、国政を補佐したとされる伝説的人物。
応神天皇神功皇后(じんくうこうごう)との関係から全国の八幡宮(八幡社)の摂社や末社で祀られている。


【由来】
文武天皇朝である大宝年間(701~704年)に現在の名古屋城三の丸の地に創建と伝わり、延喜年間(901~923年)に再興された。
創建当時は天王社(現在の那古野神社)と隣接していた。


【歴史】
天文元年(1532年)の合戦で社殿を焼失。
天文8年(1540年)織田信秀により再建された。
豊臣秀吉より200石を寄進される。
慶長15年(1610年)の名古屋城築城の際に現在地に遷座。
元禄2年(1689年)には尾張藩藩主徳川光友より社領100石が寄せられると共に社殿の造営がなされた。
明治10年(1877年)県社に昇格。
昭和20年(1945年)3月、名古屋大空襲で社殿等焼失した。
昭和32年(1957年)5月、現在の社殿が氏子崇敬者によって復興。
昭和46年(1971年)神社本庁の別表神社に昇格。


【特徴】
名古屋の中心地、栄に位置する神社。
名古屋総鎮守とされている。
若宮八幡宮とも。
名古屋市街を東西に貫く100m道路である「若宮大通」の名は、この若宮八幡社からとっている。
江戸時代では、例祭である若宮祭は名古屋東照宮の東照宮祭、天王社の天王祭とならんで名古屋三大祭とされ、特に天王祭とは同日であった(現在は5/15、16日)ことから祇園祭と総称された。
結婚式にも多く利用されている。


【境内別宮】
・若宮恵美須神社
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・連理稲荷社
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・連理稲荷社奥之院

・熊野社

・日吉社

・香良洲社

・天神社

・秋葉社合殿

・神御衣神社

・宮産住吉神社

・龍神社



■レポ
名古屋の中心街、栄の駅から歩いて行ける距離にある神社です。
矢場町駅からなら歩いて10分ほど。
私にとっては子供のころ浦安の舞を習った思い出深い神社でもあります。
なかなか行くことができなかったのですがやっと参拝することができました。
面している若宮大通りは車通りも人通りも多いこともあって、入りやすい明るい雰囲気の神社です。
派手な神社ではありませんが拝殿はとても綺麗でした。
今回は拝殿の中まで入れてもらうことができ厳かな雰囲気を味わうことができました。
神社のかたには感謝ですね。
境内の半分は駐車場になっており、栄に長時間滞在する際は一日千円という栄にしては格安の価格で駐車できます。(土日祝日は二千円)
駐車されるかたには是非少しゆっくりと参拝してみていただきたいです。
(2014.5.8加筆)



名古屋市中区栄三丁目35-30
052-241-0810
駐車場40台:1日1,000円(土日祝2,000円)
出典:Wikipedia「若宮八幡社」(履歴)、若宮八幡社ホームページ

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