真清田神社(ますみだじんじゃ)【愛知】

真清田神社(ますみだじんじゃ)

創建/神武天皇33年(紀元前628年)
社格等/式内社(名神大)・尾張国一宮・国幣中社・別表神社
本殿の様式/尾張造り
主祭神/天火明命
ご利益/開運福徳、守護、健康、家族円満、農業畜産


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【祭神】
天火明命(あめのほあかりのみこと)
天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)高木神(たかぎのかみ)の娘萬幡豊秋津師比売命(よろづはたとよあきつしひめのみこと)の間に生まれた。
天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫にあたる。
太陽の光や熱を神格化した神である。
農業守護の神ともいわれる。
尾張氏(尾張連)、海部氏など多くの氏族の祖神であり、海部氏系図(あまべしけいず)にも始祖としてその名が記されている。

この祭神は、1738年以降の説で、明治になって正式に採用された。


【由来】
尾張氏の一部が尾張国中嶋郡に移住した時に、祖神である天火明命を祭ったのが起こりであると考えられる。
かつて木曽川の清く澄んだ水による水田が辺りに形成されていたことから、真清田と称されるようになった。


【歴史】
平安時代ごろ国家から国幣の名神大社と認められ、尾張国の一宮(いちのみや・※)として崇敬を集めた。
尾張藩主徳川義直(とくがわよしなお)は、寛永8年(1631)当社の大修理を行う等、篤く崇敬した。
明治18年には国幣小社、大正3年に国幣中社となる。
もとは尾張造りの神社だったが、世界大戦中に空襲によって一部を除き、ほとんど焼失した。
世界大戦による焼失後、1951年(昭和26年)に造営奉賛会が結成され、巨額の浄財を集めて昭和36年11月1日に本殿遷座が斎行され、1961年(昭和36年)に楼門や東神門、東手水舎、鳥居、1968年(昭和43年)には神楽殿、斎館、1984年(昭和59年)に参集殿、1988年(平成元年)に宝物殿が竣工してる。

※一宮…ある地域の中で最も社格の高いとされる神社。


【特徴】
尾張国一宮として2600有余年の歴史を誇る。
当社のある愛知県一宮市は、この真清田神社の尾張国一宮からきている。
神宝の中「舞楽面」12面は重要文化財に指定されているほか、県・市の文化財に指定されている宝物も多い。
戦国武将でのちに森家の家臣となった関成政(せきなりまさ)は、織田信長から正倉院の名香蘭奢待(らんじゃたい)の破片を拝領し、真清田神社に奉納している。

毎年7月最終日曜日前4日間に当社を中心に一宮七夕まつりが行われる。


【施設】
●別宮
・三明神社(さんみょうじんじゃ)
祭神
本宮荒魂

●摂社
・服織神社(はとりじんじゃ)
祭神
萬幡豊秋津師比賣命(よろづはたとよあきつしひめのみこと)
天火明命と瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の母神。棚機姫神(たなばたひめのかみ)とも呼ばれ織物の神とされる。

●末社
・三八稲荷(さんぱちいなり)
祭神
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
『古事記』では、須佐之男命(すさのおのみこと)と神大市比売(かむおおいちひめ)との間に生まれたとされ、『日本書紀』ではイザナギとイザナミが飢えて気力がないときに産まれたとしている。穀物の神としてだけでなく、農耕の神、商工業の神としても信仰されている。

・神明社

・天神社

・犬飼社

・愛鷹社

・愛宕社
祭神
訶遇突智神(かぐつちのかみ)
神産みにおいてイザナギとイザナミとの間に生まれた神。火の神。

・厳島社
祭神
市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)
アマテラスとスサノオが行った誓約の際に、スサノオの剣から生まれた五男三女神の一柱

・八龍神社
祭神
八龍神(はちりゅうじん)

・秋葉社

・須佐之男社
祭神
須佐之男命(すさのおのみこと)
神産みにおいてイザナギとイザナミとの間に生まれた神。三貴子の末子に当たる。

・稲荷社


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レポ:
尾張地方の一宮なだけあり大変大きい神社です。
本殿は青緑色の屋根が美しい。
個人的にこういう神社大好きです。
町の中心に位置していることもあり、開けた明るい雰囲気で子供たちが遊ぶ姿も見られました。
七夕まつりには毎年足を運んでいますが一宮駅から神社まで屋台が並びとても賑わいます。
祭りのときに境内に建てられるお化け屋敷が気になりますが、入る勇気がありません…。



愛知県一宮市真清田1-2-1
0586-73-5196

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