寶生院(大須観音)(ほうしょういん(おおすかんのん))【愛知】

寶生院(大須観音)(ほうしょういん(おおすかんのん))

正式名/北野山 真福寺 寶生院
創建/元弘3年(1333年)
山号/北野山
宗派/真言宗智山派
寺格/別格本山
本尊/聖観音
ご利益/商売繁盛、学業成就、家内安全、交通安全、厄難消除、病気平癒、五穀豊穣、入試合格、諸願成就など


【本尊】
聖観音(しょうかんのん)
仏教における信仰対象である菩薩の一尊。
「正観音」ともいい、六観音の一つでもある。
観音菩薩像には、さまざまな形態のものがあるが、このうち、多面多臂などの超人間的な姿ではない、1面2臂の像を指して聖観音と称している。
大慈の観音として、六観音の役割では地獄道を化益するという。
もともとは正法妙如来(しょうほうみょうにょらい)という仏であったが、衆生の救済のため人間界に近い菩薩の身となった。


【由来】
元亨4年(1324年)に後醍醐天皇が大須郷(現岐阜県羽島市桑原町大須)に北野天満宮を創建。
元弘3年(1333年)に同社の別当寺として僧能信が創建した真福寺が当寺の始まりである。
その後、慶長17年(1612年)に名古屋城の守護寺として、徳川家康の命令で犬山城主の成瀬正茂によって現在地に移転された。

本尊の観音さまは50年に1度しか開扉されない秘仏で、創建にあたって伊勢神宮に篭った能信上人の夢に現れた、弘法大師が一刀振るうごとに三度礼をして彫ったといわれる聖観世音菩薩。
当時四天王寺にあったこの像を後村上天皇の詔によって貰い受け、寺の本尊としたといわれている。


【歴史】
明治25年の大須の大火と第二次世界大戦の空襲による2度の焼失を被り、昭和45年(1970年)に再建し、現在に至る。
大須の地名はこの大須観音の門前町が発祥の地である。


【特徴】
真言宗智山派の別格本山。
寺号は「北野山真福寺宝生院」。
宗教法人としての公称は「宝生院」だが、一般はには「大須観音」の名で知られる。
東京都台東区 金龍山浅草寺の浅草観音、三重県津市 恵日山観音寺の津観音とともに日本三大観音の1つとも言われている。
また、なごや七福神の一つである布袋像が安置されている。

本尊聖観音は、弘法大師の作といわれ、もと摂津の天王寺にあり、勅によりこの寺に移したものという。
真福寺(大須)文庫には国宝の古事記写本をはじめ1万5千冊が所蔵されており、国宝の『古事記』は「真福寺本古事記」として知られ、同書の現存最古の写本である。

観音信仰が周囲の街の発展に寄与し、大須観音も一大繁華街を形成している。



レポ:
赤を基調とした一見すると神社のような外観の本堂はとても立派で美しいです。
大須観音を中心とした町大須は下町ムードあふれる活気ある町で、休日にはたくさんの人で賑わっています。
老舗の飲食店、B級グルメショップ、古着屋、ジャンク屋などが混在しており、ブラブラするだけでも楽しめます。
オタク向けの漫画、サブカルチャーショップも数多く立地しており、日本有数ののオタク街としても発展しています。
2003年から毎年開催されている世界コスプレサミットのコスプレパレードは大須観音を出発、ゴール地点としており、毎年たくさんのコスプレイヤーや見物客で賑わいます。



愛知県名古屋市中区大須2-21-47
052-231-6525

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